産業医を選んで労働基準監督署に届け出たのに、職場に来ない。面談を頼んでも受けてもらえない。健康診断の結果に判を押すだけ――。そんなとき、会社はどうすればよいのでしょうか。法律は、産業医を選ぶだけでなく、その仕事を行わせることまで会社に求めているので、名義だけの産業医のままにしておくと、会社の法律違反にもなりえます。このコラムでは、法律で決まっている産業医の仕事と照らして今の状態を確かめる方法、会社の側で見直したいこと、産業医との話し合い方、それでも変えるときの進め方を、産業医の立場からまとめます。
この記事でわかること
- よくある5つの不満と、法律で決まっている産業医の仕事
- 名義だけの産業医(いわゆる名義貸し)のままだと、会社に起きること
- 産業医を責める前に、会社の側で確かめたいこと
- 頼みたい仕事を紙1枚にして話し合う方法と、依頼の文例
- それでも産業医を変えるときの目安と、守ること
01「来ない」「何もしてくれない」:よくある5つの不満
産業医についての不満は、たとえば次のようなものです。それぞれ、法律ではどう決まっているかを並べました。
「職場に来ない」
法律では職場巡視は、少なくとも毎月1回(条件を満たせば2か月に1回)
「衛生委員会に出てこない」
法律では産業医は、会社が指名する委員の一人。委員会は毎月1回以上開く
「面談を頼んでも受けてもらえない」
法律では長時間労働者や高ストレスの人が申し出たら、医師の面接を行う
「健康診断に判を押すだけ」
法律では異常の所見がある人について、健診から3か月以内に医師の意見を聞く
「連絡がつかない・相談に返事がない」
法律では産業医は、医学の知識にもとづいて誠実に仕事をする
労働安全衛生法 第13条・第18条・第66条の4・第66条の8・第66条の10、労働安全衛生規則 第15条・第23条・第51条の2から。
どこで止まっているかで、することが変わります
不満の中には、原因のちがうものが混ざっています。まず、どれにあたるかを分けると、次にすることが見えてきます。
原因 1
法律で決まっている仕事が、行われていない
巡視・委員会・健康診断のあとの意見などが止まっている
原因 2
契約で決めていない仕事を頼んでいる
訪問の回数や時間、頼む仕事の範囲が、今の頼みごとと合っていない
原因 3
会社からの情報や段取りが、届いていない
日程・資料・窓口が決まっておらず、産業医が動けない
このコラムは、50人以上の事業場の話です
産業医を選ぶ義務があるのは、常時50人以上の人が働く事業場(本社・支店・工場など、場所ごと)です。50人未満の事業場は、産業医を選ぶ義務はありません。
詳しくは産業医の選任義務とは? 人数ごとの早見表(50人・1,000人・3,001人)と、14日以内の期限・罰則
02法律で決まっている産業医の仕事:毎月・健康診断のたび・そのつど
産業医の仕事は、労働安全衛生規則 第14条に9つが書かれています。ここでは、会社が「回っているか」を確かめやすいように、いつするかで分け、残る記録と合わせて表にしました。
| いつ | 産業医の仕事 | 確かめる記録 |
|---|---|---|
| 毎月 | 職場巡視:職場を見て回り、健康に害がありそうなときは、すぐに必要な対策をとる少なくとも毎月1回。産業医が毎月決められた情報を受け取り、会社が同意しているときは2か月に1回 | 巡視の記録、気づいたことと改善の結果 |
| 毎月 | 衛生委員会:委員の一人として、職場の健康の対策について意見を言う委員会は毎月1回以上。産業医は、委員会に調べて話し合うことを求めることもできます | 議事録(3年保存) |
| 健康診断のたび | 健康診断のあとの意見:異常の所見がある人について、働き方の配慮がいるかを意見する(就業判定)健診の日から3か月以内。意見は健康診断個人票に書きます | 健康診断個人票の医師の意見の欄(5年保存) |
| ストレスチェックのたび | ストレスチェックと、高ストレスの人の面接面接は、本人が申し出たときに行います | 面接の記録(5年保存) |
| 申し出・必要なとき | 長時間労働者の面接、健康相談、休職・復職の面談、仕事で健康を害した人が出たときの原因の調査 | 面接の記録(5年保存)、意見書 |
| 必要なとき | 勧告:働く人の健康を守るために必要なとき、会社に勧告する会社は勧告を尊重し、衛生委員会に報告します | 勧告の内容と、とった措置の記録(3年保存) |
労働安全衛生法 第13条・第18条、労働安全衛生規則 第14条・第14条の3・第15条・第23条・第51条・第51条の2・第52条の6・第52条の18。長時間労働者・高ストレスの人の面接は、法律では「医師」が行うものです。50人以上の事業場では、産業医に頼むかどうかを契約で決めておきます。
法律が、産業医と会社のそれぞれに求めていること
産業医に求めていること
- 医学の知識にもとづいて、誠実に仕事をする
- 知識と能力を保ち、高めるよう努める
- 少なくとも毎月1回、職場を見て回る
会社に求めていること
- 産業医を選ぶだけでなく、仕事を行わせる
- 仕事に必要な情報を、決まった時期に渡す
- 会社に意見を言う、社員から話を聞くなどの権限を与える
- 産業医の仕事の内容と、相談の申し込み方を社員に知らせる
- 産業医の勧告を尊重する
労働安全衛生法 第13条第1項・第3項〜第5項・第101条第2項、労働安全衛生規則 第14条第7項・第14条の2・第14条の4・第15条。
訪問の回数や時間は、契約で決めることです
法律が決めているのは、産業医の仕事の中身と、巡視・委員会などの回数です。月に何時間来てもらうか、面談をどこまで頼むかは、会社と産業医が契約で決めます。「何もしてくれない」と感じたら、まず契約に何が書いてあるかを確かめましょう。
詳しくは産業医の仕事内容とは? 会社で何をしてくれるのか、全体をやさしく解説産業医の職場巡視とは? 見るところ15項目(暑さ・換気・騒音など)と、毎月1回の決まり・当日の流れ『産業医の職場巡視を2か月に1回にするには? 条件と手順、毎月渡す情報』健康診断のあとの就業判定とは? 有所見者が出たら会社がすること長時間労働者への医師の面接指導とは? 月80時間を超えたら会社がすること
03名義だけの産業医(名義貸し)のままだと、会社に起きること
届け出はしてあるのに、実際には職場に来ず、仕事もしていない。こうした状態は「名義だけの産業医」「名義貸し」と呼ばれることがあります。産業医が動いていないと、困るのは会社です。
法律
産業医に仕事を「行わせる」義務を果たしていない
法律は「選任し、…行わせなければならない」と1つの文で求めています。この条文の違反は、50万円以下の罰金の対象です。衛生委員会を開いていないことも同じです
労働基準監督署の調査
記録がそろっていないと、指導を受けることも
選任の報告だけでなく、衛生委員会の議事録、健康診断個人票の医師の意見、定期健康診断結果報告の産業医の氏名などを確かめられます
社員が倒れたとき
「気づけたのに、手を打たなかった」と見られやすい
会社には、社員の命と健康を守る安全配慮義務があります。健康診断のあとの意見や面接の記録がないと、会社が手を打ったことを示せません
職場
不調に早く気づけず、休職や退職につながる
社員が相談できる医師がいないと、長時間労働や心の不調への対応が遅れがちになります
労働安全衛生法 第13条第1項・第18条第1項・第120条、労働契約法 第5条、厚生労働省のリーフレット「産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」(2026年4月)。
「名前だけ」の約束では、義務を満たせません
名前を借りて選任の報告を出しても、職場巡視・衛生委員会・健康診断のあとの意見などの仕事がされていなければ、法律が会社に求めていることは満たせません。今の契約がそうなっているときは、早めに見直しましょう。
詳しくは『安全配慮義務とは? 労働契約法5条で会社が負う責任と、違反を問われないために日ごろからすること』『労基署の調査(臨検)で見られる書類とは? 安全衛生で確かめられることと、ふだんの備え』『産業医を置くメリットとは? 休職・退職・労災・裁判…防げる会社の損失を数字で見る』
04産業医を責める前に、会社の側で確かめること
産業医の仕事の多くは、会社から情報が届いてはじめて動けるものです。たとえば、月80時間を超えて働いた人の名前は、会社にしかわかりません。産業医の側から見ると、日程や資料が届かず、仕事を進められないこともあります。どちらかを責める前に、どこで止まっているかを確かめましょう。
| 不満 | 会社の側で確かめること | 産業医の側で起きていること(例) |
|---|---|---|
| 職場に来ない | 契約の訪問の回数と日を確かめた? 訪問の日を会社から決めて伝えている? 2か月に1回にしているなら、毎月の情報を渡している? | 契約が隔月になっている/次の訪問の日の連絡を待っている |
| 衛生委員会に出てこない | 産業医を委員に指名した? 委員会の日を、訪問の日に合わせて相談した? 議題と資料を前もって送っている? | 委員会の日と訪問の日がずれている/議題がわからず、意見を準備できない |
| 面談を受けてもらえない | その面談は、契約の範囲に入っている? 面談の目的と、資料(労働時間・健診の結果・休職の経過など)を渡した? | 契約の時間に入りきらない/資料がなく、意見を出せない |
| 健康診断に判を押すだけ | 結果を、3か月の期限に間に合うように早めに渡した? 仕事の内容や労働時間を伝えた? | 結果が届くのが遅い/仕事の中身がわからず、働き方の配慮まで書けない |
| 連絡がつかない | 会社の窓口と、連絡の手段を決めた? 急ぎのときの連絡のしかたを決めた? | 誰に返事をすればよいかわからない/急ぎかどうかが伝わっていない |
会社が産業医に渡す情報と時期は、労働安全衛生規則 第14条の2(健康診断や面接のあとにとった措置は意見を聞いたあと遅れずに、月80時間を超えた人の名前と時間は計算したあと速やかに)。健康診断のあとの意見のために、医師から仕事の情報を求められたときも、速やかに渡します(同 第51条の2第3項)。
手元の記録を出して、止まっている所を書き出す
産業医の立場から:伝えてもらえると助かること
「この部署で残業が増えている」「休職中の人が、来月の復職を希望している」といった職場の様子は、産業医が自分からは知ることができません。会社から一言あるだけで、面談や巡視の中身が変わります。
詳しくは『産業医の訪問日の準備:面談の調整・渡す情報・部屋と、当日の時間割の例』衛生委員会の開き方:月別の議題の例と、議事録の書き方
05話し合い方:頼みたい仕事を紙1枚にして伝える
確かめた結果をもとに、産業医と話し合います。口頭で「もっとしっかりしてほしい」と伝えるより、頼みたい仕事と、会社が渡す情報を紙1枚にまとめて渡すほうが、話が早く進みます。
- 1
止まっている所を書き出す会社
記録をもとに、どの仕事が、いつから止まっているかを書き出します。
- 2
頼みたい仕事を、時期ごとに書く会社
毎月・健康診断のたび・そのつど、の3つに分けて、頼みたい仕事を書きます。
- 3
会社が渡す情報と期限も書く会社
労働時間、健康診断の結果、休職している人の様子などを、いつまでに、誰から渡すかを書きます。
- 4
産業医と話す会社・産業医
訪問の日などに時間をとってもらい、「どうすれば回るか」を相談します。紹介会社や医療機関と契約しているときは、その窓口にも伝えます。
- 5
契約を見直す会社・産業医
訪問の回数や時間、頼む仕事の範囲、オンラインでする仕事を、必要に応じて契約で決め直します。
- 6
3か月ほどで、ふり返る会社・産業医
決めたことが回っているかを、衛生委員会などで確かめます。
依頼の文例:産業医へのお願い(紙1枚)
文例産業医へのお願いと、会社からお渡しするもの
件名:今後の産業医のお仕事についてのご相談
【産業医名】先生
いつもお世話になっております。【会社名】の【担当者名】です。職場の健康管理を、これまで以上に先生と一緒に進めたいと考え、お願いしたいことと、会社からお渡しするものをまとめました。次のご訪問の際に、30分ほどお時間をいただけないでしょうか。
■ 毎月お願いしたいこと
- ご訪問:毎月【第○水曜日】【14時〜16時】
- 職場巡視:【工場・事務所】を、毎月1か所ずつ
- 衛生委員会へのご出席:ご訪問の日の【15時】から(議題と資料は【3日前】までにお送りします)
■ 健康診断・ストレスチェックのあと
- 健康診断の結果を【○月○日】までにお送りします。【○月】のご訪問で、所見のある方への意見(就業判定)をお願いします
- 高ストレスの方から申し出があったときの面接
■ そのつどお願いしたいこと
- 長時間労働者の面接:月80時間を超えた方の名前と時間を、毎月【○日】までにお送りします
- 休職・復職の前の面談
■ 連絡のしかた
- 窓口:【総務課 ○○】(メール:【アドレス】)。急ぎのときは電話でご連絡します
今の契約の内容でむずかしいことがあれば、回数や時間の見直しもご相談させてください。
【会社名】 【担当者名】
このコラムのために作った文例です。会社の事情に合わせて書きかえてください。
話し合いで避けたいこと
- 記録を見ずに、「何もしていない」と決めつけて責める
- 契約で決めていない仕事を、話し合わずにそのまま上乗せする
- 産業医の意見の中身(厳しい意見)を、会社に都合よく変えるよう求める
産業医は、医学の専門家として、中立な立場で意見を言う医師です。意見の中身が会社の考えとちがっても、それは「仕事をしていない」ことにはなりません。
詳しくは『産業医の契約書のひな形:決めておく8つの項目と印紙、産業医を変えるときの手続き』『産業医は会社の味方? 社員の味方? 中立な立場で仕事をする理由と、頼まれてもできないこと』
06それでも産業医を変えたいとき:目安と、守ること
話し合って契約を見直しても、毎月の仕事が回らないときは、産業医の交代を考えます。
交代を考える目安
変えるときに守ること
産業医を変えるときの決まり
- 勧告を理由に
- 産業医が勧告・指導・助言をしたことを理由に、解任など不利な扱いをしてはいけません(労働安全衛生規則 第14条第4項)。
- 14日以内
- 前の産業医がやめた日から14日以内に、次の産業医を選びます(同 第13条第1項)。
- 衛生委員会
- 産業医がやめたこと、やめてもらったことと、その理由を、遅れずに衛生委員会に報告します(同 第13条第4項)。
- 労基署
- 次の産業医の選任を、労働基準監督署に報告します(原則として電子申請)。2026年8月1日から、前の産業医がやめたことの報告も義務になりましたが、選任の報告に前の産業医のことを書いて同時に出せば、別に出す必要はありません。
産業医がいない期間をつくらない
次の産業医を決めてから、今の契約が終わる日と、新しい契約が始まる日をそろえます。契約の相手が紹介会社や医療機関のときは、まずその窓口に今の状態を伝え、ほかの医師に代わってもらえるかも確かめます。配慮が続いている社員のことなどは、記録をもとに新しい産業医に引き継ぎます。
詳しくは『産業医の契約書のひな形:決めておく8つの項目と印紙、産業医を変えるときの手続き』産業医選任報告の書き方:産業医を選んだ・変更したときの届出と電子申請の手順、2026年8月からの退任の報告『産業医の選び方:嘱託産業医を選ぶ前に整理すること、比べる7つのポイントと面談で聞くこと』『産業医の紹介会社と直接契約、どうちがう? 3つの契約の形と、契約の前に確かめること』
見直し・交代のチェックリスト
不満を、3つの原因(法律の仕事が止まっている・契約にない・会社の情報が届いていない)に分けたどれにあたるかで、することが変わります。
契約書と記録(巡視・委員会・健康診断の意見・面接)を出して、止まっている所を書き出したいつから、何が止まっているかを書きます。
会社が渡す情報と期限、会社の窓口を決めた月80時間を超えた人の名前と時間は、計算したあと速やかに渡します。
頼みたい仕事を紙1枚にして、産業医と話し合った必要なら、回数・時間・範囲を契約で決め直します。
3か月ほどで、決めたことが回っているかを確かめた衛生委員会でふり返ると、記録にも残ります。
交代するときは、14日以内の選任・衛生委員会への報告・労基署への報告・引き継ぎを決めた勧告や助言をしたことを、交代の理由にしてはいけません。
産業医の仕事は、巡視・衛生委員会・面談が毎月の訪問の中でそろって回ると、職場の役に立つものになります。
津山産業医事務所なら
- 1
代表の産業医が現場へ
訪問は14府県が中心で、代表の産業医が自ら職場に伺います。オンラインの面談は全国に対応しています。
- 2
毎月の仕事から面談まで
職場巡視や衛生委員会への出席、就業判定、衛生講話のほか、長時間労働の方・高ストレスの方・休職や復職の前の方の面談に対応しています。
- 3
今の産業医からの切り替えにも対応
切り替えの時期や、前の産業医からの引き継ぎについてもご相談いただけます。ご契約のあとは、選任の届出の書類づくりもお手伝いします。
おわりに
このコラムのまとめ
- 法律は、産業医を選ぶだけでなく、仕事を「行わせる」ことまで会社に求めています。名義だけの産業医のままでは、義務を満たせません。
- 毎月の職場巡視と衛生委員会、健康診断のあとの意見、面接は、記録で回っているかを確かめられます。
- 産業医の仕事の多くは、会社からの情報で動きます。責める前に、日程・資料・窓口が届いているかを確かめます。
- 頼みたい仕事と会社が渡す情報を紙1枚にして話し合い、必要なら契約を見直します。
- それでも変えるときは、勧告を理由にせず、14日以内に次を選び、衛生委員会と労働基準監督署に報告して引き継ぎます。
「来ない」「何もしてくれない」と感じたときは、産業医との関係を見直すきっかけです。法律の決まりと記録をもとに話し合い、会社の側の段取りも整えると、毎月の仕事が回るように立て直せることもあります。
産業医の見直し・切り替えのご相談は、津山産業医事務所へ
「うちは対象?」「何から始めればいい?」という段階から、お気軽にご相談ください。
出典
- 法令:労働安全衛生法 第13条・第18条・第66条の4・第66条の8・第66条の10・第101条・第120条、労働安全衛生規則 第13条・第14条・第14条の2〜第14条の4・第15条・第23条・第51条・第51条の2・第52条の6・第52条の18、労働契約法 第5条(e-Gov 法令検索)
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」(2026年4月)(辞任等のあとの14日以内の選任、辞任等の報告、定期健康診断結果報告の産業医の氏名、会社が産業医に与える権限・渡す情報・勧告・周知)
このコラムは、2026年10月時点の内容で書いています。



